今回はグアナファト州に進出して今年で8年。メキシコの日系企業の進出を加速させたきっかけとなったといっても過言ではないマツダ・モトール・マヌファクトゥリング・デ・メヒコ S.A. de C.V.(Mazda de Mexico Vehicle Operation)(以下、マツダメキシコ)の岩下社長に特別インタビューをしました。
岩下社長は昨年COVID19禍の中で就任し、今年は2年目となります。半導体不足など自動車産業は昨今課題が多くありますが、その中でマツダメキシコは今後メキシコでどのような戦略を掲げているのか。地域経済への貢献や岩下社長ご自身が持つメキシコへの印象などをグアナファト州・サラマンカの本社でお聞きしました。
<目次>
北米における事業戦略の推進拠点を目指す
―岩下社長のこれまでのご経歴をお話しください。
岩下社長:私は1990年にマツダに入社しこれまでの30年間は主に財務・企画領域を経験してきました。海外では2004年中国の南京での工場の設立などのオペレーションに5年間携わっていました。2009年に日本に帰国し、2015年半ばまでは日本から中国に関連するビジネス領域の統括を行なっていました。それ以降2021年3月までマツダ本社の経営企画本部で中期計画や予算の策定、それ以外でもTOYOTAとの業務提携に関連した業務を行っております。そして2021年の春よりマツダメキシコ社長に就任しました。
―マツダメキシコは今年の2月でメキシコ・グアナファト州・サラマンカ市で生産開始をしてから8年を迎えました。マツダメキシコにおける今後の経営戦略は何でしょうか。
岩下社長:マツダメキシコで生産している自動車の全体の7割以上は米国向けの輸出となっており、グローバルの生産拠点としての役割を果たすことをビジネスの柱としています。しかし、昨今のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)や電動化などアメリカの政策も大きく変化しており、今後のビジネスを見渡した時に不透明なところもあります。
そのような不確実な状況でもマツダメキシコはメキシコ・グアナファト州・サラマンカ市に根差した会社でありつづけるために、メキシコの国内市場を強化することを戦略の一つとして加えていきます。メキシコ市場でのMAZDAの自動車は商品の品質・販売・アフターサービスで非常に高い評価をいただいております。このメキシコでの優れたブランド力を更に発揮することでメキシコ国内市場への貢献に繋げて行きたいと考えます。米国輸出の柱は残しつつも国内市場の自動車販売を支える事業戦略の推進拠点として、マツダメキシコは変革を起こしていきたいです。
メキシコの自動車の販売価格はアメリカなどと比べると相対的に低く、そのためメキシコ市場をビジネスの中心の一つにすることは、経営的には決して楽な選択肢ではありません。しかし、昨今の通商を含む状況に変化の中で、これまでと同じ経営戦略をそのまま維持することは、今後の成長、発展に影響を及ぼすことも想定されます。今の状況をネガティブに捉えず、あえて今が将来に向けた転換点と考え前向きにとらえようとしています。
メキシコで生産を開始してから8年が経ちますが、生産する自動車の品質は既に日本と同レベルです。これもメキシコ人の社員の能力の高さと日々の努力があったからこそと考えています。新しいものを取り入れるという柔軟性が彼らにはあります。こうした点を今後どう発揮してもらうかを常に考えています。
人づくり・人の活躍の起点となるマツダメキシコ ―社員の活躍の場を広げたい
―マツダメキシコのグアナファト州への貢献は多大なものがあると思います。グアナファト州での雇用創出は言うまでもないですが、その他今後マツダメキシコがグアナファト州に対して行っていきたい事業をお話しください。
岩下社長:マツダメキシコはグアナファト州・サラマンカ市で自動車を生産するだけではなく、人づくり・人の活躍の起点となり、地域に広げていく役割を果たしていきたいと考えています。その役割について、大きく分けて2つあります。
1.クルマを通して人生を豊かにしていく
これはマツダのコーポレートビジョンにもある言葉です。ここでいう人生はお客様だけでなく車の作り手である従業員の人生のことも指しています。車を作って多くの方に届けることで、社員の知識・経験・能力の向上を進めながら活躍の場を広げる事を目指しています。自分の活躍の場を決して閉じ込めずに、どんどん外にも広げていただきたい。そんな想いがあります。
マツダメキシコはグアナファト州を拠点としながらも北米におけるマツダの技術・技能の中心としていきたいです。この取り組みはすでに一部開始しており、米国での新工場へのサポートや技術者の派遣を行っています。今後はこうしたことを継続、拡大することも含め社員の活躍の場を広げていきたいと考えています。
2.マツダ生産方式のサプライヤー様へ展開で、グアナファト州の産業の中心となる
マツダ生産方式(MPS)をサプライヤーの企業様にも展開し、サプライヤー様のものづくりへの力につなげていきたいです。交流をさせて頂くことで我々も多くの気づきを頂戴しながら、最終的に社員自身の能力の向上にもなります。そしてサプライヤーの企業様の能力の向上は、直接的にも間接的にもグアナファト州の産業の発展に貢献します。
またマツダメキシコは地域・コミュニティに感謝を表すために、2015年以降様々な活動を行ってきました。現在はCOVID19の影響で縮小しているイベントもありますが、駅伝やMAZDAカップ、サラマンカ市の隣のイラプアト市へのおもちゃの寄付などを行いました。常に地域のコミュニティに対してどう恩返しが出来るのかを考えています。
昨年からはCOVID19ワクチンの接種キャンペーンとして、グアナファト州保険省と連携し、マツダメキシコの敷地に隣接する州立教育センターをワクチンの接種会場としながら、会場運営全般も弊社メンバーが責任を持ち行いました。
実際のワクチン会場の様子。効率よく行われていることが写真からも伝わります
2月末までに30代のブースター接種まで行い、一般のサラマンカ市民1万5千人の方も含め約3万人の方の接種のお手伝いをしました。今後20代のブースター接種も行われますので、継続して行っていきたいです。保健省からはワクチン接種のスケジュールが直前になって通達されるのですが、そうした急な通達でも効率的な運営を行ってくれたメキシコ人従業員には感謝しています。こうした急なことにもすぐに対応できる能力を今後いかに伸ばしていくことができるかを考えています。
グアナファト州と広島県の姉妹都市交流を通して、両都市の友好関係を築き上げる
―マツダの本社のある広島県とグアナファト州は2014年に姉妹都市提携が始まり今年で8年になります。COVID状況下ではありますが、今後マツダメキシコとして姉妹都市交流で行っていきたいことを教えてください。
岩下社長:マツダメキシコを中心としてグアナファト広島アミーゴ会があります。会の目的は、広島県とグアナファト州、2つの自治体の架け橋となり、両都市の間に友好関係を築き上げることです。
昨年の活動の一環として、東京オリンピック・パラリンピックを記念した壁画プロジェクトがあります。
このプロジェクトは、元マツダメキシコ社員のグティエレス実さんが発起人で、2021年の東京オリンピック・パラリンピック時に広島がメキシコ選手団のホストタウンになったことをレガシーとして残すため、日本・メキシコ両国から資金を集め、メキシコオリンピック委員会本部にグアナファト州と広島県の友好関係を象徴する記念壁画を描くというものでした。
メキシコ人兄弟芸術家のアドリーさんとカルロスさんによって描かれた壁画のテーマは「広島県・メキシコ、スポーツを通して親交を深め平和を構築する」。完成式典時には私も出席し、この壁画の素晴らしさを目の前で感じました。
メキシコシティで行われた壁画プロジェクト完成式典の時の様子
(クリックすると拡大表示できます)
COVID19前はグアナファト州の方にも広島の文化に触れていただきたい目的として広島フードフェスティバルを開催し、非常に好評をいただきました。2020年と2021年は残念ながら開催を見送りましたが、今年はCOVID19の感染上場に応じたプロトコルを徹底しながら開催できるようにしたいです。
2017年から2019年の広島フードフェスティバルの様子
また、グアナファト州の教育省と協力し、アミーゴ会の皆様との輪を広げ、若い方々にモノづくりに触れていたく機会を拡大していこうと計画しています。できれば会員企業の方にも関わっていただき、広島県とグアナファト州の双方の都市の産業に貢献していくことが出来ればと思います。中学生などに働く場を見せることによって、働くことに対して意欲を持ち、間違った道に行かないようにする目的をもつため、最終的にはグアナファト州の治安の安定にも繋がっていくことを願っています。
メキシコの自動車産業は、最悪の状況から抜け出しつつある
―岩下社長からみた2022年~2023年のメキシコの自動車業界・製造業の見通しを教えてください。
岩下社長:「多くの方が自動車を待っている」という、需要高の状況です。メキシコ市場の販売は増加傾向にありますが、供給が追い付いていないことが目下の課題です。
COVID19や半導体不足などの影響がありましたが、最悪の状況からの回復はあるとみています。今年の秋口以降は供給側の状況もよくなるだろうと予想しています。半導体市場全体の動きに注視するばかりでなく、一部の部品では使用する部品の選択肢を増やすように自動車の設計変更もしていくことで、そうしたリスクにも柔軟に対応できるようにしたいです。
足元ではウクライナ侵攻などの不安材料もあり、販売・物流・調達面への影響が自動車生産にも必ず出てくるとみられていますが、マツダメキシコはマツダ本社と常に状況把握を共にしながら危機を乗り越えられるように対応しています。
メキシコは気候も人も素晴らしい
―次は岩下社長個人へのご質問です。メキシコに来られてから間もなく1年が経ちます。コロナ禍で行動が制限されていますが、メキシコに対する印象やメキシコのこういうところが好きというのがあれば是非お話しください。また、COVID19が落ち着いたら挑戦したいこともお話しください。
岩下社長:気候についていえば日本のように蒸し暑くなく、寒いということもありません。年末年始に日本に一時帰国しましたが、あまりに寒かったのですぐにでもメキシコに戻りたいと感じました(笑)。
メキシコの方はとても温かく、気配りがある方が多い印象です。仕事も真摯に取り組んでおり、一般的な話ですが欧米人に比べると個人主義ではないのも感じました。そうしたところでは日本人に近いなと印象があります。また、歴史・自然を大事に思う気持ちも見られます。それは日本でいう八百万の神の考えに通じるものがあり、与えられたものすべてを大切にしているところがあります。
仕事とは別に個人的にもメキシコの各地に行ってみたいと考えています。オアハカやカンクンといった有名観光地はもちろんのこと、各地の古い教会を見て回り、メキシコの方がスペインの統治時代からの建物を大切にし、統治時代の厳しかった時代と現代がどのように繋がっているのかは興味深いです。
日本で見聞きするメキシコは「治安が悪い」「マフィア」「怖い」などが先行しています。正直否定できない部分ではありますが、素晴らしい部分も多くあり、こうした偏ったイメージを少しでも払しょくできるように、メキシコの良さを伝えていきたいとも思っています。
あとはスペイン語ですね、なかなか上達できていないので、今年こそは頑張っていきたいと思います。
メキシコで「走る歓び」を体験してください!
―最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
岩下社長:マツダメキシコの自動車は、日本で生産されている自動車と同じ品質で届けることが出来ます。今後はSUV関連の車両の充実も図り、是非皆様に触れていただき、マツダの掲げる「走る歓び」を経験してほしいです。自動車に乗ることによって生活を豊かにし、喜んでいただきたいです。
広大な土地で、日本よりも日々自動車を利用する機会の多いメキシコ。
今よりも更にMAZDAに触れてください。
―本日はありがとうございました。
※このインタビューは2022年3月1日行われたものです
経歴:
岩下卓二(Takuji Iwashita)
神奈川県横浜市出身
1990年 東京都立大学経済学部卒業。
1990年 マツダ株式会社入社。入社後、財務・企画領域を経験。
2004年~2009年 マツダ南京で工場の設立などのオペレーションに携わる。
2009 年~2012 年 中国企画財務部。
2012 年~2015年 中国第1事業部。
2015 年~2021年 経営企画本部。予算や中期計画の策定、TOYOTAとの業務提携に関連した業務を担当予算や中期計画の策定、TOYOTAとの業務提携に関連した業務を担当
2021年~ マツダ・モトール・マヌファクトゥリング・デ・メヒコ S.A. de C.V.(Mazda de Mexico Vehicle Operation)社長兼CEO
編集後記
COVID19やウクライナ侵攻など、世界はまだ以前のような落ち着きを見せない状況です。自動車産業をはじめとする製造業もこうした世界情勢の影響だけでなく半導体不足やアメリカの通商政策など、メキシコの自動車産業を取り巻く環境は厳しいという見方もあります。
そのような中でも岩下社長は「北米輸出向けの自動車の生産」という一つの経営戦略に捉われず、メキシコ市場での販売戦略・北米のグローバルの拠点としてのマツダメキシコを目指すことを掲げています。長年、マツダ本社で経営企画に携わっており、数々の事業を見てきただけに、リスクに対しての柔軟なマネジメントを行うことが出来るのだと思いました。
マツダメキシコの発展だけではなく、サプライヤ―企業様の技術力の向上やグアナファト州政府関連機関との連携を通してグアナファト州の地域経済への貢献を常に念頭に置くことも、マツダという日本を代表する自動車メーカーとしてメキシコにどのように貢献することができるのかを考えている姿勢も伝わってきました。そして最終的にグアナファト州の治安改善にも結び付き、在留邦人の方でも安心したメキシコ生活を送ることが出来る ―こうした取り組み一つ一つにマツダメキシコのグアナファト州における重要な役割をインタビューを通じて改めて実感しました。