今回のインタビューは、通訳・翻訳のご経験の長い三島玲子氏です。上智大学時代からスペイン語に触れた環境で過ごし、「大学時代にメキシコに留学し、卒業後すぐにメキシコに移住」。その後、メキシコで長年通訳・翻訳の経験をされた三島様から通訳・翻訳で心掛けていることやスペイン語の勉強法などについてお聞きしました。
<目次>
スペイン語の言葉の響きに魅了された
ーメキシコの文化をこよなく愛する三島さんですが、そもそもスペイン語を勉強しようと思ったきっかけを教えてください。
三島様:三島様:もともと中学生の頃から英語を楽しく勉強するのが好きでした。ただ大学受験のための英語を勉強しているうちに受験の英語が嫌になってました(笑)。大学では何か違う言葉を勉強しようと考えた時、昔父親の仕事の関係でドイツに住んでいた頃を思い出しました。その時、スペインの方が隣に住んでいて、スペイン語の発音から感じた不思議な異国の響きに、幼いながらも魅了されました。また、ドイツ文学にスペイン文学が影響を与えたことも知り、新しい世界を見たいなと思って上智大学外国語学部・イスパニア語学科に入学しました。
大学時代はスペイン語の映画を積極的に見るようにして、街でスペイン語が聞こえたら、おもわず話しかけたり、(今思うと迷惑な話ですが)活きたスペイン語に触れるようにしました。上智大学の図書館はスペイン語の翻訳の本が充実していたため、気に入った本が出たら、借りるだけでなく購入もしていました。
大学1年目の時にスペイン語劇に参加していましたが、これがとても厳しく挫折してしまいました。ただ、長年役に立ってきた私のスペイン語の基礎はここで鍛えられましたので、スペイン語劇は語学力を鍛える上ではすごくおすすめです。
冬はスキーに行ったり同級生や部活の仲間達(アムネスティ・インターナショナル)と飲んだり、勉強よりそちらの方が熱心でしたが(笑)、かけがえのない生涯の友人たちに出会えました。
相手の文化を尊重した通訳・翻訳を心掛ける
ー翻訳を長年されていますが、三島様が常に心掛けていることをあげてください。
三島様:大学の通訳の大先輩から「翻訳をやってみませんか」と声をかけられるまでは、翻訳の理論にも接していませんでしたが、OJTで勉強しました。私なりに16年近く試行錯誤して自分のスタイルを確立していきました。心掛けていることは年月とともに増えたり変化していますので、1つずつ説明していきますね。
1.各言語を尊重し、原文の意図を変えない
原文に書いてある言葉を大事にしながら日本語にすることを心がけています。以前、契約書の翻訳やJICA関係の仕事で、日本語からスペイン語に翻訳する時に注意していたことです。私の解釈で執筆した方の意図が変わってはいけない。言語を尊重するようにし、スペイン語や日本語として不自然にならないようにするにはどうすればいいか、毎回試行錯誤です。スペイン語訳は必ずネイティブチェックを通しています。
2.専門用語を徹底的に調べる
今でこそ専門用語を調べるときはGoogleなどですぐに検索して見つけることが出来ますが、私が翻訳を始めた1990年代の頃は電話やFAXでその業界の方に問い合わせたり、自分で図書館に足を運んで専門用語を調べていました。そうしたところで人脈を広げるきっかけにもなりました。専門用語を徹底的に調べる事で、業界の方が読んでも違和感のない翻訳をすることが必要ですが、時間の制約があるので、幾つになっても焦る毎日です。
時間の制約やコストの関係でそこまでできない時は、訳注や脚注を入れるようにしたりしました。メールの時代になってからは、お客様に問い合わせて教えていただいたりもしますが、先方も時間がないから外注しているわけなので、ギリギリのところまでは自力でやります。
3.相手の文化に根差した表現を使う
ここ7~10年くらい気にするようにしていることです。例えば、あるZOOMミーティングの事例ですが、「2つの図 の違いを探してください」というシンプルな表現。日本語では一言でどの図を見ればいいか参加者は理解できますが、スペイン語が母語の通訳者は「この2枚の図を見て、違いを探してください」と、元発言にはない「この2枚の図を見て」という表現を挟んで理解してもらいやすいようにしていました。こうした簡単な表現も、相手の文化への配慮が必要です。
ある社会言語学者は、司法通訳を事例に、こんな指摘をしています。スペイン語話者の被告が”Perdóneme”と言った場合、「私を許してください」と和訳するのでは なく、「誠に申し訳ございませんでした」等と訳すべきではないか、と。こうした簡単に見える言い回しでも、相手の文化に配慮した訳をを心がけたいものです。
また、コミュニティレベルでの通訳は、国際会議などの花形の現場と言われる通訳より難しいことがあります。病院付き添いでは、日本の方は我慢強い方が多く、ただ通訳しているだけでは状態の深刻さが医師に伝わらないケースもあり得るため、注意が必要です。
4. クライアントの要望に合わせたスタイルで翻訳を行う
お客様はお急ぎですぐ翻訳を必要としているのか、読み手はどういう方なのか、によっても翻訳のスタイルは変わります。担当の方向けに解説を注釈で付け加えて提出して、喜んでいただけることもありますし、注釈はミニマムにしてほしいというお客様もいらっしゃり、ご要望をよく伺うことが大切です。注釈をつけて、解説するスタイルで喜んでいただけた時ははすごくやりがいを感じています。
5.読み手を意識して訳す
2000年頃から意識するようになったことです。読み手や聞き手に合わせて言葉を訳していくのは意外と大変です。日本メキシコ学院(リセオ)の小学生が聞き手の通訳を依頼された 時、小学生に分かるような言葉を使うのがものすごく難しかったです。浄水場で、いくつかの処理の後に活性炭を使うお話だったのですが、活性炭というものは何かを噛み砕いて小学生が分かる言葉に置き換えたり、普通に通訳をすることより難しいと感じました。
日本でもメキシコ料理や雑貨を堪能できる時代
ー現在、日本にお住まいですが、メキシコが恋しくなった時には何をしますか
三島様:メキシコ料理のレストランにいってます!老舗では広尾のサルシータさんにはよくいってますね。下北沢のテピートさんもおススメめです。竹芝にあるCIELITO LINDO BAR AND GRILLも、海に近いところでメキシカンを味わえる素敵な場所で気に入っています。
あとはメキシコの雑貨、ついつい買ってしまいます。多くの輸入業者さんがいらして、厳選されたメキシコ雑貨を日本でも購入することができるとてもいい時代になりました。マグネットなどは衝動買いしてしまい、冷蔵庫の扉がメキシコです(笑)。
ー今後、挑戦してみたいことを教えてください。
三島様:東京中のメキシコ料理レストラン案内のようなブログを匿名でしてみたいですね。メキシコ好きの日本人だけではなく、故郷の味が恋しい在日メキシコ人の方にも役に立つのではないかと思っています。
また、メキシコのメルカドバッグのLady Paolaの日本での卸販売もお手伝いしています。 先日は日本在住のメキシコ人Youtuber、SandyさんのYoutubeチェンネルでもご紹介いただきました。COVID19も少し落ち着いてきたので、今後はもう少し積極的にやっていきたいです。
自分の好きなことをスペイン語でやってみるのもおすすめです
ースペイン語の勉強で苦労している読者の皆様に、三島様からお勧めする学習方法を教えてください
三島様:会話の力をつけるには、やはりなるべく沢山の友達を作り、話すことです。私の両親の時代はお手紙をエアメールで文通しながら英語の勉強をしていたりしていましたが、今ではSNSやwhatsappでコミュニケーションが簡単にできますね。whatsappで繋がった友達とスペイン語でやり取りしたり、SNSのスペイン語の投稿を読んだりコメント残したり…メキシコの方と仲良くなりたいなら 趣味のグループに入って交流するのもひとつだと思います。
家庭でもない、仕事場でもない、第3の場所が人には必要と社会学でも言われています。その第3の場所の代わりになっているのがSNSであるともいえると思います。COVID19のパンデミックになってから、行きつけのカフェに行けなくなった方もいらっしゃると思いますが、そうした息抜きの場所が今ではSNSになっているところもあります。そんなバーチャルの空間をスペイン語で埋め尽くし、自分の好きなテーマをフォローすることでご自分の第3の場所を見つけていただきたいと思います
政治経済などもスペイン語でフォローされたい方は、新聞記事や色々な複数の意見を読んだり、ニュースを見たりすることが大切だと思います。コメント欄を見ると、面白いですよ。結構スペルが間違っていることも多いのですが、色々な意見を知ることができます。
また学習方法は学習者がどの目標を目指しているかによって変わります。仕事で通訳を目指している、大学院・大学で勉強して授業についていけるようになりたいなど、ターゲットによって違う勉強法があることを理解して頂きたいです。
まず、初級のスペイン語文法が身についている方におススメしたいのが、興味のあるテーマ・事柄をあえて日本語ではなくスペイン語で読んでみることです。例えばお料理が得意な方はメキシコ料理の本をスペイン語で読んでみたり。今では本を買わなくてもネットで見ることができますし、頑張ってスペイン語で理解して、ポソレなどを作ってみてはいかがでしょうか。単語や表現で分からないことがあったら調べていくことで、ボキャブラリーも増やすことが出来ます。お料理の上手なメキシコ人の方と一緒に作るのも良いですね。
とにかく活きたスペイン語をどんどん使っていくことです。メキシコにお住いの方は買い物でmercadoに行って、お店の方たちとコミュニケーションしながら、実用に即した言葉を覚えていくのがオススメです。また、私もそのひとりですが気に入ったドラマや歌の歌詞を素材に勉強することでスペイン語を身につけた方も随分おられます。
Nobody is perfect ー失敗しても大丈夫
最後に、読者の皆様へメッセージを一言お願いします。
三島様:おススメの学習方法でもお伝えしましたが、MEXITOWNの読者の方の多くは、「自分がこういうことをやっているのが好き」というのがある程度決まっていると思います。非常にマニアックな世界にいる方も、”自分の好きを大事にしながら世界を広げる”のが長続きする秘訣かなと思います。
メキシコは影の部分も多いけれど、それでもとても楽しい国だと思います。国外にいらっしゃる方は是非一度メキシコにいらしていただきたいです。メキシコに現在お住いの方は、予定が予定通りにいかずストレスを抱えておいでの方も多いかと思います。でも、メキシコは自分が出来なかった時でも許してくれる環境です。日本は全て完璧にしようとします。素晴らしいサービスを享受するからには、自分もそれが提供できないといけないと自分を追い詰めてしまったり、ストレスを溜める方も多い印象です。メキシコは21世紀にもかかわらず、電気が突然切れたり、水が出なかったりすることも沢山ありますね。その分、人の失敗に寛容で、
自分が失敗しても大丈夫! Nobody is perfect.
なんです。メキシコでは、人はパーフェクトではないという前提で動いているので、自分の心も広くなるし、もちろんなるべく失敗はしたくないですが、それでも失敗してしまった時に許してもらえる暖かさに触れると、ありがたいなあと思うのです。ストレスはそういう風に思ったらマネージメントできるんじゃないかと考えています。
またメキシコは気候も良く、お花も安い。積極的に色々な場所にいって引きこもらずに、生活を楽しんでほしいです!メキシコで犯罪にあった話などがクローズアップされがちですが、日本と同じようなふるまいをすると、泥棒のターゲットになりやすいですね。安全と治安にはお金を払いつつ、楽しんでください。歳をとってから「あんなところにいったな」と思い起こすことで、人生が充実したものだったと感じられるでしょうし、良い思い出は財産だと思いますね。メキシコでは、手軽に人を自宅に招くのも一般的ですし、困った時に人を頼るのも日本ほど憚られることはありません。メキシコ暮らしを満喫されてください
ーそうですね!安全と行動には気を付けながらメキシコ生活を楽しんでいただきたいですね!三島さん、ありがとうございました!
経歴:
Reiko Mishima 三島 玲子
フリーランス通訳・翻訳者(スペイン語)。上智大学イスパニア語学科業後メキシコに移住。メキシコシティを拠点にJICAや日系企業の通訳として活動。2019年横浜国立大学より、修士号取得(ジェンダーと開発)、通訳・翻訳業と並行してコンサルティング会社アシスタントを経て、Lady Paola日本市場担当。
編集後記
メキシコの籠バッグLady Paola の卸販売も手伝っていらっしゃる三島さん。お着物と合わせたお出かけコーディネイトを披露されていたのを拝見し、日本とメキシコのために力を尽くされている方だなと実感しました。メキシコに長年住み様々な通訳・翻訳現場を経験し、お互いの文化の違いを理解する。そして、日本でもメキシコのことを忘れずメキシコ料理やメキシコ雑貨を楽しむ姿はとてもイキイキしていました。
Nobody is perfect なんだから自分の好きを大事に、勉強も生活も自分に合ったものをやっていけばいい。それがたとえ人から批難されてもストレスを感じずやり通していけばいい。そんなメッセージを受け取ったかのような気持ちになりました。
三島さん自身も大学時代からスペイン語の本を借りるだけでなく購入したり、スペイン語の映画を積極的に見たりしてきたからこそ、自分の好きを大事にしてほしいというその言葉の説得力の強さがあるのだと感じました。