今回はトヨタ・グアナファト(Toyota Motor Manufacturing de Guanajuato(TMMGT) 以下、本文中ではトヨタ・グアナファト)の森勝弘副社長にお話を伺いました。
東京ドームおよそ130個分というわれている広大な敷地で、2019年12月からグアナファト州・アパセオ・エル・グランデ (Apaseo el Grande)でタコマの生産を開始したトヨタ・グアナファト。人を中心とした工場のオペレーションや設備へのこだわり、地域に対しての貢献活動・環境問題への取り組みなどを幅広く森副社長にお答えいただきました。
<目次>
メキシコ人が中心となり、メキシコ人の工場を作る
ートヨタ・グアナファトについてご紹介をお願いします。
森副社長:トヨタ・グアナファトは2019年12月にグアナファト州・アパセオ・エル・グランデで稼働を開始しました。メキシコにはバハ・カリフォルニア州にも生産工場(2004年生産開始)があり、現在でも北米向けのタコマを生産しています。バハ・カリフォルニア州での20年近い経験やノウハウを活かし、ここトヨタ・グアナファトでもタコマを生産していますが、北米向けに95%、メキシコ国内向けに5%を出荷しています。
グアナファト州のこの地は、この敷地のすぐそばを走る鉄道があるため、アメリカ中西部・南部への物流が確保しやすく、またアメリカの西海岸への輸出はミチョアカン州・ラサロ・カルデナス港が、東海岸への輸出へはベラクルス港にも近いという、物流網ではとても理想的な場所です。
従業員はトヨタ・グアナファトで約2,300名です。トヨタ・グアナファトは東京ドーム130個分という広大な敷地内にオンサイトパートナー(OSP)と呼ばれる13社のサプライヤーの工場があり、オンサイトパートナーも含めるとこの敷地内で約5,100名の従業員がいます。同じ敷地内で生産し、さらにトヨタ・グアナファトと各社をBreeze way(渡り廊下)が結ぶことでJust In Timeの生産を実現することができました。これにより、リードタイムの節約や物流コストの削減ができています。こうした工場は世界でもここ、トヨタ・グアナファトだけです。生産台数は順調に伸びており、現在では年間13万8000台/年を生産する能力を有します。
開所式(グランドオープニング)の様子
トヨタ・グアナファトでは、生産開始前からずっと「人を大切にする」ということに拘ってきました。
最初にアパセオ・エル・グランデに工場を建設することになった時、まず地元の方々に「トヨタとはどういった会社か」を知って頂く機会を作りました。メキシコ人は家族を大事にすることから、自分の家族が働きたいと思っているトヨタとはどんな会社なのかを知っていただきました。将来は地元の子供たちが「トヨタで働きたい」と言っていただけるようになることを望んでいます。工場の建設中も地元の方々が工事現場で働く方々に食事をふるまう場面も見られました。
「トヨタはどんな会社か?」を知っていただくために開いたJob Fairの様子
生産を開始するにあたり、グアナファト州に住む地元の方を対象にリクルーティングを行い、リーダークラスの候補生の方々には日本の我々のマザー工場(トヨタ本社)にて数か月に及ぶ研修に行っていただきました。
「いかにメキシコ人の先生を育成し、メキシコ人先生がメキシコのメンバーを育ててていくか」を生産を開始する前から意識して、Real Mendomi "リアル面倒見"の概念・人材育成を学んでもらいました。
2019年12月の稼働直後に、新型コロナウイルスのパンデミックがあり、一時的に生産を停止しなくてはならない時期もありましたが、従業員やその家族の皆様に支えられたこともあり2020年9月からは2直体制になりました。
2021年からは新型コロナウイルスのパンデミックだけではなく、半導体不足により、一時的に部品調達、安全在庫の管理、リードタイムに影響を及ぼすこともありましたが、それでも順調に生産能力は増強することもできました。
トヨタ・グアナファトのビジョンは
グローバルベンチマークの工場になりたい
です。そのために、
世界レベルの人材をしっかりと育て、世界レベルの品質を実現していく
町一番の工場になる
を行動目標に掲げています。最新の設備などをそろえていても、優れた人材がいなければ優れた車を生み出すことはできません。最先端のテクノロジーがあっても、地元(町)に対して何も貢献できなければ、町一番の工場とはいえません。
地元に貢献し続け、地元の方々に愛される、そんな町一番の工場から、世界No.1の品質の車をお客様にお届けする、それが出来る会社にトヨタ・グアナファトを育てていきたいと考えています。そして、
メキシコ人が中心となり、メキシコ人の工場を作る
これが工場建設が決まった時からの我々のスローガンです。
全ての人が安全に・安心にして働ける職場を
ー新型コロナウイルス対策では、メキシコ人の従業員の方が積極的に動いていただいたようですね。
森副社長:新型コロナウイルスのパンデミックで2020年4月から5月に工場の稼働を停止することを余儀なくされましたが、その後稼働を再開した際は、従業員のアイディア・行動に助けられました。
「全ての人が安全・安心に働ける職場を」ーパンデミックの最初の時期は、どうしたら安全・安心な環境を整えられるか、操業再開を認めてもらえるプロトコルをどうやって策定できるか、試行錯誤、手探りの状態が続きましたが、従業員ひとりひとりが新型コロナウイルスに感染しないような努力や、感染した場合の対応など、非常に意識の高い側面を垣間見ることが出来ました。
実際に行われたFacebook COVID予防セミナー
自らFacebookを通して「どのようにしたら新型コロナウイルスに感染しないか」「どうしたら家族を守れるか」「感染した場合はどうすべきか」を考えるオンラインセミナーを開催し、多くの家族の方々も受講するなど、従業員が主体的に動きました。また、各従業員の保有するスキルを一覧化し、万が一感染者が出た場合は一覧表を確認して他のラインから応援に来てもらうなどの対策もできました。
グアナファト州の良い気候を取り入れ、気持ち良く仕事ができる環境を実現
ートヨタ・グアナファトは13社のオンサイトパートナーが同じ敷地にいることもあり、広大な敷地です。工場にも他の海外の生産拠点にはない工夫がされていると伺いました。それはどういった工夫でしょうか。
森副社長:それでは実際に、工場をご案内しますね。
Just In Timeを実現
まず、先ほどもお伝えしました通り、渡り廊下を通じてオンサイトパートナー様から台車などを使って部品などを直接納品します。各生産ラインに納品するときもちょっとした工夫がされていまして、例えばタイヤやシートなどは、OSP様から順序だてて納入されます。乗せ替えをしなくてよく、プロセス在庫の低減にもつながっています。さらに運んできた運転手が台車から下りなくても部品を棚に収められるように、カラクリやサラサラという知恵とアイディアで、スライド式に部品の納入場所に置けるようになっています。こうしてものづくりの点において重要なジャストインタイム(Just In Time)の実現をオンサイトパートナーの企業様と一緒に可能にしています。
Toyota Production Systemを身に付ける
また、入社した従業員には現場の生産ラインに入る前に、まずSafety 道場で研修してもらいます。安全はすべてに優先します。ベルトコンベアーに物が引っ掛かった時には絶対に無理やり取ろうとしないなどといった安全対策を体験型で学びます。その後Toyota Production System(TPS)を学びます。どういう順番でタコマが組み立てられていくのかという車の製造の流れから、4S+Sを日頃から行うことの必要性、在庫管理(必要なものがいつでも決まった場所に保管されているなど)を徹底的に学んでいきます。
トヨタ・グアナファトでは、人を中心にして、最新の技術と既存の流用設備をバランスさせて、競争力を確保しています。人を中心にすることで、地域の雇用により貢献できていると思います。既存の設備が故障した時にはどう対応すべきかという従業員の教育も行っていますが、各社様のバックアップ体制がメキシコで整っていることもあり、安定的な生産ができるという面で大変助かっています。
ブルースカイコンセプト
グアナファト州の良い気候を利用した自然光と自然空調を取り入れる
ー天井に隙間があり、太陽光が差し込んでますね。
森副社長:これもトヨタ・グアナファトの特徴のひとつです。ここメキシコは一年を通して天気が良いことを利用し、天井から差し込む太陽光を最大限に取り込み、またなるべく天井からものを吊らないブルースカイコンセプトで、明るくて作業を気持ちよく行うことができます。電気代の節約にも繋がります。また、お気付きかもしれませんが、エアコンがありません。これも工場建屋が外からの空気を自然に取り込み、循環させるように設計されていて、で風通しの良い環境を実現しています。
ー完成車がずらりと並ぶ横にオフィスがあります。
森副社長:こうした作りも珍しいです。オフィスから現場が見えるようになっていて、不具合や異常がないか、オフィスにいる従業員もすぐに見てわかるようになっています。
従業員の増加に伴って、福利厚生も充実させ、カフェテリアを2つほど増設しました。
こうして現在、トヨタ・グアナファトでは1日約600台の生産能力を維持しています。
また、本日MEXITOWNさんが入ってきた正面玄関のアーチですが、隣町のケレタロ州の世界遺産でもある水道橋をイメージしています。こうしたところにちょっとした地元を感じる工夫も入れてみました。
地域の子供立ちが将来「トヨタで働きたい」と言っていただけるように
ーグアナファト州におけるトヨタ・グアナファトとして、地域貢献プログラムではどのようなことを行っていますか。
森副社長:地域貢献は、進出してすぐに地元の方々の実際の声・ニーズを伺い、それをもとに中長期ビジョンを設定しました。現在はなかでも地元のニーズが強かった「環境」・「教育」・「健康」に力を入れて取り組んでいます。そのなかで主な活動を紹介します。
1. 水への取り組み
メキシコでは水は非常に貴重な資源です。毎年グアナファト州政府・地元自治体やNGOとタイアップして、Water Treatment の取り組み(写真)を行っています。具体的には灌漑用の水がきれいではないと、近隣住民の方は付加価値の高い農産物を作ることが出来ません。そこで我々が持つ、水を綺麗にして再利用する技術を用いて、川の水をきれいにして農業で使っていただくことで、よりよい農作物を作れるように活動しています。また、実際に工場では水を多く利用しますが、井戸水を極力使わず地域住民の方に使っていただけるようにして、我々は工場内で再利用率を高める努力を続けています。今年から工場施設内にある貯水池の水(雨水)も活用できるようにしました。
また、傍に流れるケレタロ川も度々洪水のリスクが発生しますので、ボランティア活動の一貫として継続的に川の清掃を行っています。
2. 教育施設への訪問・ボランティア活動
新型コロナウイルスのパンデミックにより、長期間休校となっていた地元の学校の施設に我々の従業員が出向き、学校の施設・設備を修復するボランティア活動を継続しています。また、障がいを持つお子さんが就業を目指しリハビリ・訓練を行う施設を訪問し、傷んでしまった建物・設備の改修や、持続的に彼らが自立するためのサポートプログラムを行っています。今年は、メキシコ人メンバーの提案で、子供たちの面倒見るお母さんたち向けに健康になっていただきたいと、母の日にお母さんの健康診断を企画して行ってくれました。
3.もりづくり・植林活動
トヨタ・グアナファトの工場の建設をした際、およそ2万1千本の木を伐採しましたが、環境ニュートラルの実現の為に工場建設後、伐採した分の全てを工場の敷地内と州政府指定区域に植樹しました。それ以降も、自然環境との共生を目指し、継続的に「もりづくり」活動を行っています。最近では工場内に生息する希少種の鷲「カラカラ」の保護と植林も一緒に行ったりしています。
こうした1つ1つの積み重ねを通して、地域の方に認めていただけたらと思います。
ー御社の中・長期的戦略についてですが、ここまでのお話しをお伺いして、やはりメキシコ人を中心とし、地域に貢献できる企業となることが御社にとって引き続き重要だと感じました。
森副社長:おっしゃる通りです。グローバル戦略もありますが、それよりも町一番の工場にしていきたい。ここが大切だと考えています。日々様々な課題がありますが、工場の中で人を育てていくことをやり続けたいです。よく、日本人出向者と話すのですが、「日本でのやり方はこうなのだから、同じようにやるべき」と言うのではなく、日本のいい文化や、やり方を理解した上で、どうしたらこの工場でメキシコメンバーが腹落ちして・上手くやっていくことができるだろうか、”メキシコ人の従業員に寄り添い、一緒に悩む”ことが大切だと思っています。我々のマネージャークラスのメンバーは、日本のモノづくり文化をよく理解してくれています。そうしたリーダーたちが中心になって、日本人出向者と一緒に、次世代を担うローカル人材の育成を進めてくれています。
悪いことを忘れてしまうくらい、良い経験しか残っていません!
ーここで、森副社長ご自身への質問です。2020年にメキシコに来られてから、メキシコに来て良かったなと感じること・逆に辛かったと感じたエピソードを教えてください。
森副社長:良かったことは、メキシコに来て沢山の方々と出会い、沢山の方からメキシコの文化を教えていただいたことです。また、色々な挑戦をさせていただけたことです。今年の8月にはメキシコ日本商工会議所ケレタロ支部が主催した夏祭りの運営に参画し、日本文化を地元の方に紹介することが出来ました。日本のお盆と死者の日が共通している文化ということなどを紹介するとともに、盆踊り・日本食や浴衣体験のご提供などを行い、おかげさまで多くの方にお越しいただき、会場の一体感を実感しました。
また、9月はレオン市で「Mas Japón en GTO」のイベントにも出展しました。日本のものづくりの文化、トヨタ・グアナファトの取り組みを多くの方に紹介することが出来た機会となり、バヒオの文化と一緒に成長することが出来る会社となれたらいいなと思いました。
辛かったこと…沢山ありましたが、忘れてしまいました!(笑)忘れてしまうくらい、良いことが沢山ありました。
”トヨタ・グアナファトがメキシコにいさせていただいている”
ー最後に読者の皆様へのメッセージをお願いします
森副社長:私も多くのMEXITOWNの読者と同じく、メキシコに来るまで「メキシコはどんなところだろう、どういう人がいるんだろう」という不安がありました。しかし、実際に来てメキシコのあたたかさや文化に触れあうことが出来て心から幸せだと感じます。海外での仕事経験はメキシコの前はインドネシアでの経験がありますが、似たところが沢山あります。人があたたかく、家族を大事にする、根本的に明るくて、よく食べ・よく笑う点はとても似ています。
これからも積極的にメキシコの文化に触れていきたいです。そのため、メキシコに行こうかどうか迷っている方には、どうかご心配なく来ていただけたらと思います。
日本の文化を当たり前と思わず、
”トヨタがメキシコにいさせていただいている”
と常に考えています。これからも町一番を目指していきたいです。
※インタビューは2022年9月13日に行われました。
経歴:
1999年 トヨタ自動車入社。
主に経理部門を経験し、2014年から4年間、インドネシアトヨタ自動車へ出向。
2020年1月から、Toyota Motor Manufacturing de Guanajuato (トヨタグアナファト)。
編集後記
雨季も落ち着いた9月中旬。この日編集部は初めてトヨタ・グアナファトの敷地に訪問しました。入館手続きを終えてすぐに感じたのが工場敷地内の空気の良さ・新鮮さです。取材の最中でトヨタ・グアナファトの環境への取り組みを森副社長からお聞きして納得できました。工場建設をするだけではなく、地元の方々にいかにトヨタを好きになっていただき、地元の方々の生活を豊かにしていくこと。当たり前のようなスローガンではありますが、森副社長自らご説明いただく一つ一つの言葉に説得力があるだけではなく、現場に流れる空気や雰囲気ですぐにそれが本当に実現されていることを感じ取ることが出来ました。
「現場にいるのが大好きなんです」と嬉しそうにお話しする森副社長は、編集部の取材中も製造現場にゴミが落ちていたらすかさず拾い、現場の方々と談笑する場面も見られました。また、ケレタロ夏祭りやMas Japón en GTOでもご自分で積極的に来場者の方に話かけていた姿も印象に残っています。
そうした後ろ姿を見つめるメキシコ人の従業員の方々は絶対についていこう!という想いになり、町一番の工場になっている、と確信しました。
執筆者紹介:
温 祥子(Shoko Wen)
MEXITOWN編集長兼CEO。メキシコ在住5年半。MEXITOWN立ち上げて今年で3年目に突入。これからも様々なジャンルの方をインタビューしご紹介していきます!趣味は日本食をいかにメキシコで揃えられる食材で作ることができるか考えること。日本人の方が好きそうな場所を探し回ること。