今回は在メキシコ日本大使館・廣田公使のインタビューです。廣田公使は、外務省入省後、東京及び外国において多岐にわたる業務を行い、豊富な国際経験を積み重ねてきました。2023年、イタリアよりメキシコに着任して以来、メキシコ各地を精力的に訪問し、地域に根差した日系社会や現地コミュニティとの連携を深めることで、両国の結びつきをさらに強固なものにすべく努力しています。
本インタビューでは、廣田公使にその多様なキャリアと、メキシコでの印象深い経験について伺いました。また、メキシコでの日系企業の活動や日墨関係の歴史的な重要性、さらには外交官としての展望についても深くお話しいただきました。
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<目次>
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日本のプレゼンスを感じ、活気のあるメキシコで働くことに誇りを持つ
廣田公使、まずはこれまでのご経歴についてお聞かせください。
廣田公使 : 私が外務省に入省したのは、冷戦の終焉直後のことでした。当時はベルリンの壁が崩壊し、湾岸戦争などが勃発するなど国際秩序は大きく変革した時期でしたので、「新しい国際環境で活躍してみたい」と感じた次第です。入省後、数多くの国に出張・赴任する機会がありましたが、これまで中南米は、唯一足を踏み入れたことがない場所でした。初めてメキシコに赴任することが決まった時は、どんな場所なのか期待で胸が高鳴りました。
実際にメキシコに来てみると、社会が活気に満ち溢れており大変驚きました。中でも平均年齢が低く、治安やインフレといった困難はあるものの、多様な背景を有する人々が様々な分野で活躍していることが印象的でした。メキシコに到着したのは、丁度「死者の日」の直前でしたが、街全体が盛り上がっており圧倒されました。勿論そのようなメキシコと日本との間には、400年以上に亘る交流の歴史、100年以上に亘り積み重ねてこられた日系人の皆さまの貢献、そして戦後、メキシコ人の皆さまと協働し両国の経済関係強化に寄与されている在留邦人の皆さまの努力があります。そのような「重み」を感じながら、日々業務に従事している毎日です。
またメキシコシティ以外にも、クエルナバカ、レオン、エンセナダ、メリダ等さまざまな地方を訪れ、各地の文化や歴史に触れる機会がありました。メキシコは広大な国で、地域ごとに異なる文化や歴史があり、それを把握するのは容易ではありません。しかし、その豊かな多様性は、あらゆる人を魅了してやみません。日本ではあまり知られていないメキシコの潜在的可能性を如何に両国関係の強化に繋げていくか。とてもエキサイティングな課題です。
外交官という仕事をしていると、様々なご縁に巡り会います。前任地イタリアでの経験ですが、イタリア大統領宮殿の中にある支倉常長の肖像画を見ました。「あなたの大先輩が飾ってありますよ」といわれることが多々ありましたので、支倉常長のゆかりの地であるメキシコにその後赴任したのは、何かの縁かもしれません。
日系企業と日系人の存在の大きさ
メキシコ各地で多くのイベントにご参加されていますが、特に印象に残っていることは何でしょうか。
廣田公使 :一つ挙げるとすれば、日系企業の進出がとても印象的です。メキシコと日本の経済関係は、20年前に署名された日墨EPA協定(経済連携協定)以来、飛躍的に進展しています。日系企業は、「MADE IN MEXICO」の日本製品を北米・中南米市場に輸出しています。工業団地にずらっと並ぶ日の丸の旗を見るたびに、如何に日本のプレゼンスが大きいかを感じると共に、一層の責任を感じます。
これを支えるのは、JICAの技術協力を始めとする両国間の協力プログラムを通じ、長年に亘って培われた国民レベルでの信頼関係です。「メキシコ元国費留学生の会」は、本年30周年を迎えます。日本で研修を受けたJICAメキシコ研修員の数は、7000名以上です。これだけでも相当緊密な関係ですが、メキシコの場合、これに加えて約8万人と推測される日系人の存在があります。明治以来日系人の皆さまは、苦労と努力を重ねて現在の日系社会を築き上げて来られました。この夏、神戸にある「海外移住と文化の交流センタ-」(旧国立移民収容所)を訪問しましたが、日本から中南米に移住された先人達の労苦に思いを馳せ、深く感銘を受けました。
メキシコの各地に出張すると、あちらこちらで、片言の日本語で親しげに話してくれるメキシコ人に出会います。昨年度外務省が行った「海外における対日世論調査」によると、日本は「連携を強化すべき域外パートナー」として米国とほぼ同じ1位となっています。この調査から、抜群に良い対日感情以上にメキシコ人が我が国に対して寄せてくれる期待の高さが伺われます。
ロシアによるウクライナ侵略に見られるように国際秩序が大きく変化しつつある現在、我が国には、未来に向けて共に歩み協力するパートナーが必要です。中南米の大国であり、また北米の一部であるメキシコは、我が国にとってこれまで以上に重要なパートナーであり続けるでしょう。
メキシコでのご活動や経験を通じて、これからどのような目標をお持ちですか?
廣田公使 : 外交は、もはや大使館や総領事館だけが担えるものではありません。変化が激しく、かつ大量の情報が飛び交う現在、在外公館の任務も大きく変わってきています。任国の情報収集は大使館の重要な任務であり、実際当館では、数多くの情報を取り扱っています。しかし「群盲象を撫でる」の喩えにもある通り、実は一部の日墨関係しか見えていない可能性は常にあると思っています。
したがって我々大使館員は、もっと外に出て、日墨両国の関係に携わる方々から様々なお話を伺うことが必要だと思っています。「メキシタウン」の皆さまや読者の皆さまがご覧になっているメキシコは、きっと当方が見ているメキシコとは大分異なるはずです。いろいろなお話を伺う過程において、関係する人や情報が結びつき、それが新たな協力として芽生えてくる可能性があります。そのように柔軟で開かれた対応が、今の大使館には求められています。
ご質問に対してお答えすると、日本とメキシコとの関係に携わる皆さまとの交流を一層深めていくことが課題です。「一年生になったら」という有名な童謡がありますが、初心を忘れず謙虚な気持ちで「100人の友人を作りたい」ですね。そして、それだけにとどまらず、この100人の友人各々が、また新たな100人の友人を作ってくれることを期待したいです。このように比例級数的に人の輪を作ることで、一人の力が何百倍にも何万倍にも大きくなっていきます。私たちが築く関係はその場限りではなく、継続的な交流へと成長させていくべきなのです。
新しいリーダーの元で変化する世界、日墨の交流をより強化したい
当地日系人とハカランダにまつわる日墨友好の歴史等に関する在メキシコ日本大使館SNS投稿。
5.6万件の「いいね」を記録。
2025年はメキシコの日系社会にとってどのような1年にしたいとお考えですか。
廣田公使: 2024年10月、メキシコでは、初の女性大統領であるクラウディア・シェインバウム氏が大統領に就任致しました。2024年はメキシコだけではなく、インドやインドネシア、そして米国や日本においても選挙が行われる「選挙イヤー」でした。2025年は、これら新たなリーダーの下でどのような動きが見られるかに注目していく必要があります。日墨関係の文脈では、2024年は、選挙もあって思うように協力が進められなかったという側面もございますが、2025年は、政治・経済・文化等あらゆる分野における対話や協力を推進していきます。
また北米に位置するメキシコの観点から申し上げると、隣国であるアメリカとの関係は死活的に重要です。北米には「米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA)」があって三カ国は経済的に統合されていますが、2026年は同協定がレビューされます。この動きがどうなるのか、26年に向けて様々な動きが見られると思います。また治安や麻薬、難民・移民を巡ってどのような動きが展開されるのか。どれもメキシコに暮らす我々に大きな影響を及ぼすイッシューです。大使館としては、しっかりと情報の収集と分析に努め、関係する皆さまとも連携しながら、メキシコ側との対話をより深化させていきたいと考えています。
同時に、メキシコにおける犯罪率の高さは、大きな懸念事項の一つです。大使館にとっては、2025年もまた、在留邦人の方々の安全と財産を守ることが最優先の目標です。「自分の身を守る」という防犯意識は、常に高めていく努力が不可欠です。盗難や犯罪に対して必要な情報を提供し、邦人の皆様が安心して生活できる環境を整えていきたいと考えています。
様々なご意見をお気軽にお寄せください!
最後に、在留邦人の方々、日系社会に関わるメキシコ人の方々、そして日系人の方々にメッセージをお願いします。
廣田公使:日墨両国間には、長年の交流の歴史が幾十にも積み重ねられていますが、メキシコはまだまだ潜在的可能性に満ち溢れている国です。ぜひメキシコという異国の地で、新たな可能性を発見して頂きたいと思います。皆さま一人一人が日本とメキシコの架け橋であり「大使」なのです。先ほど申し上げた通り、当館は柔軟で開かれた大使館を目指して 日々活動しています。皆さまのサポートや情報提供に全力を尽くしてまいりますので、どうぞお気軽にご意見や情報をお寄せください。
また当館では、SNSを通じて様々な情報発信をしています。全世界には240弱の在外公館があり、各館毎に様々な情報発信を行っていますが、中でも当館のSNSフォロアー数は世界一です。スペイン語のみとなってしまいますが、様々な話題を工夫して発信していますので、是非フォローの方を宜しくお願い申し上げます!
在メキシコ日本大使館SNS
廣田公使の語る日墨関係は、歴史的な重みとともに未来への大きな可能性を感じさせます。メキシコでの多彩な経験を通じて、公使が見据えるビジョンは、両国のさらなる発展と絆の強化にあります。
※本インタビューは2024年9月下旬に行われたものです。
経歴
兵庫県出身。外務省入省後、防衛庁(当時)出向、国連、軍縮不拡散、国際協力等の業務に従事。カナダ、インドネシア、オーストラリア、香港、イタリア所在の在外公館勤務を経て、現在、在メキシコ日本国大使館次席公使。イェール大学大学院卒。J.S.Aワインエキスパート、産業カウンセラー。